このインタビューでは、林さんのこれまでの作品についてお伺いしてきましたが、現時点から振り返ってみると、2015年頃あたりに作品のひとつの転機があったように思えます。熊本市現代美術館の展覧会「Stance or Distance? わたしと世界をつなぐ距離」に出品された作品では、亡くなられたおじいさんのことを扱われていますね。
その後、2022年に無鄰菴での展覧会に出品された《Through the Clouds》という作品や 2023年の木津川アートに出品された《Lila》へと続いてきます。
「虹の再織」展のときは、祖父の日記を手掛かりにして、祖父の人生を参照しながら作品を制作しましたが、無鄰菴の茶室に展示した《Through the Clouds》は、無鄰菴を作った山縣有朋の人生をリサーチすることで制作しました。山縣有朋は子供のころ、萩の椿の原生林で、メジロを追いかけて遊ぶことが好きだったそうです。実際に山縣有朋が遊んでいたその山に行ってみると、山の頂上から見える小さな火山由来の島々がある海景が不思議と無鄰菴から見る寝かせた石が配置された庭の景色と重なり、あの庭は山縣有朋の「原風景」をもとにしていると感じました。《Through the Clouds》では、そうした山縣有朋の「原風景」を扱った写真作品を展示するとともに、私の身近な人にも「原風景」についてのインタビューを行い、その音声を鉱石ラジオで聞いてもらえるようにしました。 一方、《Lila》は木津川を流れる砂をモティーフにした作品でした。三重の山奥から京都を経て大阪湾まで流れ続ける木津川の水中の砂の音が微かに聞こえる中、鑑賞者は堆積した砂が放つ微かな光と、その上につるされた和鏡に反射した光の揺らぎを頼りに奥に進んでいきます。その奥には、木津川市にある、神の降臨する山と考えられた鹿背山に咲く今はもう殆ど見る事がなく なってしまった笹百合が風に揺れる映像を微かに投影しました。こんな風にして、《Lila》は、 今は開発が進んだ木津川周辺で古代から現代までわずかに残り続けている自然環境とその中で育まれてきた人々の記憶や自然への信仰心を扱いました。この作品は、今回の展覧会「そして、世界は泥である」の作品群へと繋がっていきます。